Nieuw Havenhuis by Zaha Hadid

2016年3月31日。

彼女が旅立つなんて、誰が信じたことだろう。

 

建築家 ザハ・ハディド。彼女の名前が地名として残った場所が、アントワープにある。
記憶に近いのは、もしかすると日本に生まれるかもしれなかった彼女の幻の競技場。美しい建築案は世界に、そして私にもひとときの夢を与えた。

メディアの表現によってひとり歩きをする情報や改正案の報道が交錯しながら、建築への愛を持ち携わる身としてはときおり胸が苦しくなるときもあった。どうか彼女の建築が彼女らしさを持ったままに完成するようにと、ただ祈ることしかできなかったけれど。

それでも彼女はいつも真摯な言葉で、ときに控えめに、芯はぶれずに、自身の思いを送り続けていた。もしも私が彼女の立場だったらここまで大人になれていただろうか。

 

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2016年9月、ベルギーはアントワープに彼女の手がけた港湾局が完成した。ちょうどダッチデザインウィークへ訪れる予定が決まると同時に、私はラップトップの検索窓でアントワープへの交通手段を調べていた。開催地のアントワープはオランダからも気軽に行き来ができる位置。完成したての建築をこの目で見てみたくて、そして彼女も訪れただろう街の風や光を感じたかった。

国境を気軽に移動できる場所に住んでいる恩恵はこんなとき、私に羽を与えてくれる。

 

アントワープへ向かうための乗り換え地では、オランダ国鉄からベルギー国鉄へと車両も変わり、隣同士にありながらも国の経済力の違いを感じるようになる。滑るように移動したオランダ国鉄から、ペーパークラフトのように角がある佇まいでごとん、ごとんと音をさせながら走るレトロな旅。線路で距離だけでなく、時代や歴史を紡いできたことが体験できるからヨーロッパの列車の旅は面白い。

 

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国境を越えると通り過ぎる駅のサインは色や書体が変わり、オランダからベルギーへ来たのだなと実感する。島国で、さらに北海道で育った私にはとても新鮮な感覚だ。

 

カメラを持っている髪の黒いアジア人を見て、とあるおじいさんが私に声をかけた。

「もうすぐとびきり素敵な景色が見えるよ。カメラの準備をお忘れなく。いいかい?」

話し慣れないらしい英語と母国語のオランダ語を混ぜながら、一生懸命説明をしてくれる。指をさしたその先に見えた建物は、まさに目指していた場所だった。

「そうそう私、あの建物を見に来たんだよ!」

おじいさんは驚き、笑いながら「そうなのか、君はいい目を持っているね!」と言った。
ついひと月前にできたばかりだけど、おじいさんほどの世代にとっても誇りある場所なのかもしれない。

 

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アントワープ中央駅は、大理石や鉄、ガラスで包まれた優美さと荘厳さで彩られ、世界一美しい駅舎と呼ばれている。装飾が施されたドームのある中央のホールに、さまざまな国を繋いで来た電車が到着するプラットフォーム。この駅に降りるのは2回目だけど、いつ見ても美しい。時間によってとろけるように差し込む光は、出会いと別れが交わる空間をよりスペシャルなものへと導いていくよう。

 

向かう場所は「Zaha hadidplein」。
建物の完成とともに、ザハ・ハディドへのオマージュとして広場の名前に彼女の名が刻まれた。かつて消防署だった建物と、船のような、宝石のような佇まいの増築部で成り立っている。別名「ダイヤモンド・シティ」アントワープに彼女が残したダイヤモンドだ。

 

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観光地である旧市街とは少し離れているため、周辺は驚くほど静かで穏やかな場所。水面の光を受けながら、きらりきらりと輝くガラスによってひときわ存在感を放っている。

ここを訪れるために来たであろう人が、外から、近くから、何度も別の角度で見上げていた。対岸では釣り人が竿を振りながらこの未来的な建築を眺めている。過去と、今の日常と未来が同居する不思議な場所を歩きながら、顔に当たる冷たい風に背中を押されている気がした。
まだ何もここになかったとき、ザハもここに立ってこの景色や港の風を感じていたのだろうか。まだまだ世界には彼女が残すはずだった、美しく挑戦的な場所が眠っているはず。

永遠に愛される存在を忘れないように。
地名や建築に彼女は宿り、世界で、もちろんここでも彼女の帰りが待たれている。

 

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May Zaha hadid rest in peace.

 

Nieuw Havenhuis/ Port of Antwerp:
Zaha Hadidplein 1, 2030 Antwerp, Belgium