おじいさんの木箱~Nostalgic Memories

一緒に過ごす時間はほんの一瞬だったのに、今でも心に残る人というのは誰にもあるのではないだろうか。何年たっても、記憶の片隅に残る優しい存在。

私の場合それは、幼少の頃住んでいた家の近所に住む日曜大工の得意なおじいさん。老夫婦の二人暮らしで、前庭の見事なバラが印象的な家だった。

そこから時折、カンカン、ウィーンウィーンと木材を加工する音が聞こえ、切りたての木の良い匂いが漂ってくる。幼い私は外で遊ぶたびに、それが気になって覗いてみたくてしょうがなかった。

たくさんのバラが咲く門扉越しにこっそり覗くと、白髪のおじいさんが前庭で家具のようなものを作っている。器用に口に含んだ釘を取り出しては金槌でトントン、と家具が組み立てられていく様は、魔法を見ているようだった。

周りに漂う木材と咲き乱れるバラの混じった香りも心地良く、私はすっかりこの様子を眺めるのが好きになった。

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そのうち、私に気づいたおじいさんは快く迎え入れてくれるようになり、作業の様子を見せてくれたり、ときにはおばあさんが入れてくれたお茶で一緒におやつを食べたりもした。私は祖父母が遠くに住んでいるせいもあって老人と話す機会というものがあまり無く、すぐ2人になついてしまった。

おじいさんの瞳は老人独特のグレーがかった茶のきれいな色で、穏やかに話す口調から出る時折難しい言葉も、幼い私にはとても神秘的に写った。「おじいさんはきっと外国から来た人に違いない」という憧れと尊敬に似た念を抱いた。

そんなある日、おじいさんが私にプレゼントをくれた。

小さな私でも抱えられる高さ40cmくらいの3段引き出しの木箱。材質なのか意外と重く、とても丈夫な作りだった。引き出しの出し入れは滑らかで、新しい木の良い匂いがプンとした。

それは両親や祖父母からもらういつものプレゼントとは異なり、「自分のために」作られた特別なものという感じがして、嬉しくて自分の勉強机の上に置き、長い時間眺めて過ごした。

母の「ご迷惑だからこういうことをお願いするのはやめなさい。」という声は耳から耳に抜け、ここに何を入れようか、自分だけの秘密を持ったようでワクワクしたのを覚えている。

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その後、私は学校生活に夢中になり、いつしかおじいさんちのバラの門扉をくぐることはなくなった。そのうちバタバタと引越しが決まり、別れの挨拶を済ませたかどうかも記憶にない。

それでも、その木箱はいつも私の傍にあった。思春期の頃には出せなかったラブレターや、憧れの先輩にもらった制服のボタン、親友との写真や手紙などの思い出をしまい、一人暮らしをしたとき、好きな恋人と同棲をしたとき、結婚して何度か住いを変えたときも、貯金通帳や母子手帳、母からもらった「がんばれ」の手紙やときにはヘソクリ(!)など大切なものを保管した。

年月を経てボロボロになっても、そのつどいろんな色にペンキを塗り替えて使い続け、手放すまで実に30年以上共に生きたことになる。

数年前に帰国した際、近くを通り過ぎるとおじいさんの家は跡形もなく消え、大きなマンションが建っていた。驚きというより、”やっぱり”という受け入れにも似た気持ちだった。

木箱にさよならをした今でも、あの時小さな私に合うものを、と考え「心を贈ってくれた」おじいさんのことを時々思い出す。何故だかわからないけど、突然吹いた風のようにふとした時起こるその気持ちは、どこか郷愁にも似て懐かしく切なく私の心に蘇えっては消えていく。

Top photo by Caroline Hernandez

 

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