Moments 13: Whatcha Lookin’ At?

近くに住みながらほぼ2年ぶりだった旭山動物園。子供のみならず大人も夢中になれるワンダーランドである。

子供の頃、私はあまり動物園が好きではなかった。自然の中にある動物たちの姿は物語で想像するのが好きだったし、ケージの中の動物はまったく囚われの身でありとても幸せそうに見えなかず幼いながらむごいことをする「人」であることを恥じたりした。

けれど旭山動物園は違う。動物たちが自ら「こんな風にしてくれるなら動物園暮らししてもいいよ」と言ってくれそうな造りでのびのびして見える。

特に嬉しいのはカバの百吉である。

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優しい瞳と大きなプールの中をぐるぐるぐるぐると泳ぎ回る姿はコミカルで愛らしく、人の目が感じ取るのだから実際には分からないが、とても楽しそうに見える。さすが旭山動物園のアイドルだと肯ける。ただあまりの速さに撮影が難しい。

「そうかあ、カバはこんなに速く泳げるんだ」「どうしてぐるぐる回ってるんだろう」巨大なプールの底から百吉の様子を見られるようになっており、数組の親子連れが素直な疑問を百吉に向かって投げかけていた。

百吉に限らず、シロクマやアザラシ、観光客の頭上に架かった木の橋を渡るレッサーパンダなど(この日はどの動物も暑さ負けしておとなしかったが)ほんの少しではあるが生態を学ぶことができるのも旭山動物園の素晴らしいところだ。

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キリンは同じ目の高さで眺めることができる。美しい容姿と優雅な散歩はいつまででも見ていられる。穏やかな眼差しは不穏な今の世を憂いているように見えてしかたない。申し訳ない気がしてしまう。

動物園には当然ながら肉食の生き物がおり、その姿に野生を垣間見た瞬間檻の中とは言え肩の辺りの筋肉が硬直することがある。これも大切な経験だなと思う。

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ふっくらした後ろ姿がかわいらしく、子供たちが目の前で「こっち向いて~」と懇願していたのは「ワシミミズク」。大きさは70~80cmほどあるだろうか。とても大きな印象。

子供に混ざって私も言ってみる、「お願い、こっち向いて~」すると。

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「うるさいなあ、何見てんのさ?」

ワシミミズクはじっと動かず、けれど視線も私から外さない。しばし睨み合ってみるも、この威圧感と人間特有のドライアイで私の完敗である。

因みにワシミミズクは、北海道では絶滅危惧種、全国では絶滅危惧IA類に指定されている。

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耳の垂れた白ウサギかアンゴラか。虚ろな目とまるいシルエットがかわいい。女性や子供はこの横顔に「おうちに連れて帰りたい」と思ってしまうほど。

「シロフクロウ」日本では北海道でのみ見られる希少種で、全長60cm程度と『北海道新聞社編・改訂版 北海道の野鳥』に書かれている。

次の瞬間こちらに振り向くと。

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Harry Potterに出てくるアレに似ている。しかし鳥がここまで強面とは。

「何見てんだコラ」こんな感じで一瞥をくれる。

が、不思議なもので、子供たちがじっと眺めて声を掛けてもこうは恐ろしい顔をしない。混じり気のない子供の心と生きものとの間に神様は双方の距離に関係のない「ふれあい」を与えたのではないかと思えてくる。

残念ながら私の心は余計なものが混入しまくっており、相手にもしてもらえなかった。

この動物園で私が最も気になり、また気に入っているのがオオカミ舎。アメリカやカナダからの亜種オオカミが数頭いるのであるが、檻を隔てた別世界同士の緊張感がいい。そして冗談にも「かわいい」なんて言えない瞳も、人間を嘲笑するような口元も、本来は厳しい野生の世界で強く生きる道具であることを私たちに知らしめているようで、じっと見つめていると学ぶべきことがたくさんあるなと思わされる。

この日は気温29℃、本州に比べれば笑われそうであるものの暑さに弱い道民にとっては酷暑と言えるほどで、日のまだ高いうちはオオカミたちも岩山の中ほどにぐったりとしていた。

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そこで安心してカメラを向けてみる愚か者。ド近眼の私にはデジカメの液晶パネルに映るオオカミの表情を見て取ることができず、クリアに撮れているかボケているかも確認しないまま「まあこんなものだろう」で何度かシャッターを切った。

「よく撮れてるかな~?」能天気にカメラを構え、一緒に園内を回った友人には「上手く写ってたらメイルで送るね」などと調子のよいことを言った。

その夜、遅く帰ってきてから早速PCに画像を落としてみた途端、身体が固まった。

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こわい。まさか、私を餌だと思ってはいまいか。

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このオオカミは私が彼等の檻の前にいた数分間、ずっと私を見ていた。私の動きを観察しながら襲いかかるタイミングを見計らっていたのではなかろうか。

この眼差しに「一線を超えてはならない」という警告を感じた。人が人の常識で彼等と交わろうなどという驕りを持ってはならぬということだ。

この日、殆どの動物が水辺や日陰を選んでじっとしていた。彼等の様子や海へ溶け落ちるアラスカの氷山などテレビに映し出される地球温暖化の現実を見るたび、今すぐこの星全体の緑化を急がねばという焦燥感に駆られる。そろそろ世界全体が、スローライフを心掛けていくわけにはいかないだろうか。何を甘いこと言ってるの、という声にも負けずに言うぞ、「地球にもっともっともーっと緑を」。

この夜私は夢を見て、深夜に妙チクリンな叫び声を上げ横ですやすやと眠る夫を起こした。昼間のオオカミが、30mもある檻(夢だから)の向こうから私めがけて突進してくるのだ。咄嗟に応戦を思いつくも、手にはいつも春秋に使うセリーヌのハンドバッグしか持っておらず、この期に及んで「ええ~、バッグがだめになっちゃう」と悩んでいる始末。当然ながら目が覚めるなりつくづく物欲を捨てられぬ自分を情けなく思ったのだった。

 

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