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思い出と再会する回廊~雨竜町「豆電球」の不思議

 

“或る日突然” by トワ・エ・モア(1969)

私は昭和生まれの人間だから、昭和の香りには敏感だし、懐かしいし、とても恋しい。ましてや日本で大人になることなく渡米した我が身我が心は日本にいると時折記憶の中で生きているような気がしてならず、ヴィンテージ・ジャパンを探し求めて彷徨い歩くこともある。

東京にいると浅草や柴又がそれに当たるが、遠く離れた今、北海道でもようやく、ちょっと寂しげなそんな気持ちを満たしてくれる宝もののような場所に出会うことができた。

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北海道雨竜郡雨竜町、「豆電球」というその店はリサイクルショップと称しているが、夫は店のマダムに「いいえ、ここはミュージアムです」と言っていた。

店の建物は旧雨竜中学校をオーナーさんが13年前に移築されたもので、敷地に入るなりタイムスリップしたような気分になる。

扉を開くと、遠い昔暮らしの中にあった古い歌が流れていて、私はもうするするとタイムワープし身体さえ小さくなったように無邪気な少女の頃に戻っていた。

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昭和以前にまで遡る錯覚と、その世界をつくる古きものたち。

私から上の世代はノスタルジアを覚え、この店のマダムが言われた「世代によって感じ方が違うようですよ」の言葉どおり、若い世代には新鮮で刺激的に映ると言う。

この座敷、奥に文机があるが、ちょっとくたびれた浴衣に身を包んだ文豪が背を向け万年筆で原稿用紙に向かっている姿がふわんと浮かぶ。

流行の古民家カフェなど営む人たちも「豆電球」にインテリアを求めて通うようだ。

手前の愛くるしい車は、オーナーご夫妻の息子さん自作。

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よく見てみると、病院などの大きな看板が使われている。ニューヨークやパリの街角に止まっていてもしっくりきてしまいそう。材料も風合いもアンティークでありながら新しい時代を颯爽と生き抜く潔さを持っている。人もこうありたいと思う。

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ヴィンテージとは思えないほどにミントなオート三輪車は、1963年製MAZDA T600 。寄贈品で「永久保存展示品」。オーナーさんの言葉をお借りすると、「戦後の急発展中の日本を、輸送で強く支えた名車」。

明治・大正・昭和生まれも、また平成生まれも必見の風格。

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私の母は若い頃ファッション業界におり、行きつけの生地屋さんがあって私もよく連れられて行ったが、このネオンをそこで見た記憶がある。そして不思議なことに、

「あ、これ知ってる」と呟いた途端、私がまだ3つくらいの頃の母が、彼女が着るととてもよく似合ったデニムのロングワンピースで仕事部屋を立ち回る姿が目の前に現れたのだ。

思わず夫にも「若い頃のママがそこにいる」と言い「しっかりしろ」と窘められたが、あまりに懐かしくて、嬉しくて、そして帰らぬ日々を実感して泣きたくなってしまった。

翌日母に電話をすると「あら、そうだった?」と素っ気なく言われてがっかりしたもののこの店を訪れることがなかったら、おしゃれでかっこよかった当時の母に再会することはなかったろう。

「豆電球」は、昭和に、というよりも昭和を生きてきた人たちが自らの思い出ともう一度出会う場所なのだと知った。

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長い渡り廊下には家具や食器が「整列」している。その様子は、子供たちが先生のホイッスルで一列に並んでいるようにも見えるから「整列」。

歩くたびにぎぎっと鈍い音を立てる床の音にも聞き覚えがあり、懐かしさが心を潤していくのが分かる。

曲がトワ・エ・モアからグループサウンズ、百恵ちゃんの「いい日旅立ち」へと変わり、思わず口ずさむと、いくつぐらいの時だったろうか、当時女の子なら誰もが夢中になって遊んだゴム飛びを、幼い私が友人たちとしている光景が脳裏を過ぎった。

するとマダムが、「うちに来てくださるお客さまはね、皆さん店でかかる歌が懐かしいって、店内を歩きながら歌われるんですよ」

すごくよく分かる、その気持ち。

“いい日旅立ち” by 山口百恵

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この店にはインテリアにもできそうなヴィンテージのミシンがいくつもおいてあり、この日も若い女性がひとつ買っていった。何に使うのかな、尋ねてみればよかった。

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もちろんウラングラスも置かれていた。その横にはリトファニーが施された茶碗。照明をあてて怪しく浮き上がる日本髪の女性の顔はヴィクトリア時代のイギリスで人気を博した日本の技とデザイン。

カメラを向けると夫が「そ、それはやめておいたら?」と言うので思い留まった。そのくらい妖艶で、何やら今にも話し出しそうな、魂を吸い取られそうなほど精巧に(ちょっと不気味に)できていた。

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薄暗い蛍光灯の明かりにも、つつましいながらも力強い戦後昭和の暮らしが見える。子供の頃の、おばあちゃんちを思い出しませんか?

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「豆電球」は営業日が週3日。これだけの広さとボリューム、本当に博物館にいるように楽しめるのに「もっとお店を開けてはいかがですか?」と伺うと、「いいええ、3日が精いっぱいなんですよ」

理由がおありですか?「あとの4日は仕入れたものや陳列しているもののお手入れをしてるんです」

そう、この店に置かれたものすべて、ゴミやほこりがまったく見当たらないのだ。

リサイクルショップや古道具屋へ行くと、商品として並んでいるものも所有者が持ってきた時のままを思わせるほこりが積もっていたり、古いタグが貼りっぱなしだったりするもので私たちもそれを当然と思っているところがあるが、伺ってあらためて感激した。

オーナー夫妻の、長い年月を掛けて完成させた大切な店と、心を傾けて選んだものたちへの愛が店内いっぱいに溢れている。だからこの店の空気は柔らかく、温かいんだ。

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私はこのコリドーがとても気に入った。ここに立っていると、あの突き当たりの角から記憶の外に消えていた思い出たちがあとからあとから私に向かって歩いてくるようだ。

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お菓子やタバコのパッケージ、どれもとても状態が良い。きっと誰かが子供の頃、クッキーか何かの缶に大切にしまっておいて時々開けてはにんまり笑っていたのだろう、「コレクション」と呼んで。

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昔の、田舎の文房具屋さんてこんなだったんじゃないかしら。そう思わせる一画には実際にノートや鉛筆、ぬりえ、小さなおもちゃなどが楽しげに並べられている。

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目敏い夫が見つけたこの「くれよん」を私は初めて見たが、とてもかわいらしく、しゃがんで顔を近付け眺めてみる。運動会や「良い歯の子」の賞品だったのではないかと想像していたら、この小さな箱がとても特別なものに思えてきた。

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この場所でマダムにお話を伺っていると「あのスイッチ、大きいでしょう?ふつうに使ってるんですよ」。彼女の視線を追って振り返るとそのサイズに言葉が出ない。

オーナー夫妻の遊び心、ものを作る楽しさと、作ったもので見る人を楽しませる優しさが心に沁みてくる。この時、ああいい時間だな、そう思った。

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マダムはとてもかわいい方で、会話の中で最も多いのではないかと思った言葉が「夫がね」。

「夫がね、木工の作業をずっとしているでしょう、だからひと息つけるような空間を作ってあげたかったの」

荒れた庭地を土づくりから始めて何年も掛けて造り上げられたこの庭は、ご主人さまへの思いを注いで仕上げられた見事なものだ。

なるほど癒しの庭には心に安らぎを与えてくれる清楚な草花ばかりが美しく咲いていた。

この庭には一切肥料を使っていないのだそうだ。「愛情の勝利ですね」そう言うとマダムは小さくこぶしを上げて「そうかしら」と笑ってらした。

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楽しいひとときをいただいたお礼を言うと、「こういう出会いが何よりの幸せ」とマダムは外まで見送ってくださった。外はすっかり日暮れ時で、店は閉店時間を過ぎていた。

帰り道、とうに忘れていた昔のことが途切れることなく思い出され、ずっと話していた。名前さえ忘れていた友達の顔も、いくつもいくつも蘇った。

もしもあなたに会いたくても会えない懐かしい人がいたならば、「豆電球」へ行ってみて。きっとその人があの回廊であなたを待っていてくれるはずです。

豆電球ホームページ

リサイクルショップ「豆電球」: 北海道雨竜郡雨竜町字満寿36番地80
Tel&FAX: 0125-78-3310
営業日: 土・日・月曜日 11:00 – 18:00 (11月から3月は16時まで)

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